株式会社 大観荘
-体力負担が軽減された高齢者が質の高いおもてなし-
- 70歳以上まで働ける企業
- 戦力化の工夫
- 能力開発制度の改善
- コンテスト入賞企業

企業プロフィール
-
創業1964(昭和39)年
-
本社所在地福岡県筑紫野市
-
業種旅館業
-
事業所数
導入ポイント
- 体力低下、通院や介護等の問題を抱える高齢従業員が担当する業務、勤務形態の見直し
- 顧客満足度を維持しながら限られた人数で多様な業務を遂行するための工夫
- 年功重視の賃金体系を原則とし、継続雇用後も定年前の処遇を維持
- 肉体的負担の大きい業務を外注化し、接客に専念
- カーペット敷きに転換できる畳部屋等の設備改善により高齢者の体力負担を軽減
- 新しい業務システム導入に先立っての従業員に対する要望の聴き取りと研修の実施
-
従業員の状況従業員数 44人 / 平均年齢 50.4歳 / 60 歳以上の割合 60~64歳 (7.3%)、 65歳~(17.1%)
-
定年制度定年年齢 65歳 / 役職定年 なし
-
70歳以上継続雇用制制度の有無 有 / 内容 定年後は、基準該当者を70歳まで継続雇用
同社における関連情報
沿革・理念
万葉集にも歌われた二日市温泉にて1964(昭和39)年に創業。「訪れていただいた誰もが満ち足りたひと時をお過ごしいただけますように」を合言葉に名湯の一角を守り続ける。

雇用制度改定の背景
Q.制度改定のきっかけは何でしたか。
当館は博多の奥座敷であるここ二日市温泉で1964(昭和39)年から営業しています。大人数の団体客が和室で泊まれる宿が周辺には数少ないため多くのお客様が当館をご利用になります。従業員には経験豊かなベテランの存在が不可欠です。
以前は60歳定年でしたが、60歳を超えても本人の体力、気力、能力が続く限りは同じ仕事、同じ役職のままフルタイムで働いてもらっていました。一方、本人の体力低下や家族の介護でフルタイムでは働けない高齢従業員も現われました。そこで1995(平成7)年に就業規則を改定し、65歳ヘの定年延長とフルタイム以外の勤務形態を実現しました。
Q.どのように制度改正を進めていきましたか。
定年延長を検討した際は社長と従業員代表からなる検討部会をつくり、従業員との話し合いを重視しました。検討部会では「健康で働く意思さえあれば働き続けられる職場づくり」が目標となり、60歳以降の雇用も運用ではなく制度化して安心感や公平性を担保することが課題となりました。半年近く検討部会で検討してから人事制度の見直しに着手しています。
Q.その後も見直しを続けたのでしょうか。
定年延長の時は65歳以降の定めがありませんでしたが、定年後も働き続けたいという要望が多かったため、2002(平成14)年に社内の基準に該当する者を対象に70歳までの5年を上限とした再雇用制度を就業規則に定めました。
その後、2015(平成27)年に「本人に働く意思があり、健康状態に問題がないこと」を条件としながら実質的に希望者全員が70歳まで働ける仕組みに変更し現在に至っています(図表参照)。
Q.制度改定後どのような効果がありましたか。
定年延長や再雇用制度の充実だけではなく、体力負担軽減のための職務見直しも行なっており、高齢者が働きやすい環境が整いました。高齢従業員はお客様へのおもてなしが行き届くだけではなく、新人教育にも貢献しています。65歳の定年で退職する従業員はほとんどいません。70歳までの雇用は会社と従業員にとってウインウインの関係になっていると思います。

人事管理制度の概要
■採用と職種構成
さまざまな人々が宿泊や宴会で訪れる旅館業の特性から、大観荘では新卒採用は行なわず社会経験豊かな人材を採用している。採用時の年齢が高いこともあり、従業員の約7割が50歳以上、平均年齢は50.4歳、最高齢者は69歳である。職種は客室係、客室準備係、調理スタッフ、調理補助スタッフ、設営スタッフ(清掃、片付け、洗濯)、事務スタッフからなる。客室準備係や調理補助スタッフ、設営スタッフはパートやアルバイトである。勤務は実働時間7時間20分の2シフト制である。また、従業員寮も備えている。
■賃金制度
大観荘の賃金体系は年功重視を原則とし、人事考課で賃金や賞与に大きな差はつけていない。各職種の業務内容の多くが臨機応変な対応を求められ、明確な成果で評価できるものではないためである。65歳定年後の継続雇用時の処遇も勤務形態や担当業務、役職に変化がなければ定年前と変わらない賃金と役職手当を支給している。短時間勤務に変わった場合は時間給制になるが地場水準より高く設定し、昇給もあり、賞与も支給される。
定年延長に伴って退職金は「60歳に達した年度の末日」の支給から「65歳に達した年度の末日」の支給へと繰り下げられたが、60歳以降の5年間の勤務を反映して支給額が増加するため従業員からの不満はなかった。なお、継続雇用を希望する者は65歳以降に退職金を受け取ることも可能である。
■人材育成
採用された従業員は最低1年間、接客の手本となるベテランの指導の下、補助的な仕事を担当する。新年会や忘年会、お盆や正月などさまざまな時期の利用者の動向を体験し、1日の流れ、1年間の流れを把握できるようになると単独で客室を担当する。一方、高齢従業員は50歳代や40歳代従業員の手本でもある。中堅従業員が自身のこの先の働き方や健康維持を考える際、同僚である高齢従業員の働き方を参考としている。
高齢従業員戦力化のための工夫
■負担の大きい業務を外注化
客室のほとんどを占める和室では夕刻には布団を敷き、翌朝に布団を上げる。部屋の清掃も行なう。膝を曲げ、腰をかがめてのものの上げ下げや掃除は肉体に大きな負担がかかる。毎日の作業だけに負担の蓄積は健康に影響する。大観荘ではこれらの仕事を学生アルバイトなどに外注しており、高齢従業員は重労働から解放されて接客に専念できる。
■設備改善で負担軽減
これまで忘年会や新年会、会席は和室に置かれた座卓の周りに座布団を敷いて行なうものが多かった。担当者は体を曲げて座卓に料理を置くため体への負担が大きかった。そこで畳を収納して床をカーペット敷きにできる宴会場を設け、テーブルとイス席での宴会を可能とした。最近は高齢の利用者が増え、イスに座ってテーブルで食事をしたいとの希望が多くなったため、従業員の負担も軽くなった。

■業務量の平準化
大人数の団体客受け入れは従業員総出であたることとなる。同様の予約が続くと疲労が重なる。そこで業務量の大きい仕事があった際はその後の宿泊予約受付を抑え、負担の大きい仕事が続かないように配慮している。短期的な収益拡大よりも従業員が疲弊せず、長く働けることが長期的な利益につながると同社では考えている。
■突発的な業務を可能な限り排除
大観荘にはいつでも入れる大浴場と予約制の家族風呂がある。家族風呂は予約のある時のみ開設する。予約の有無でその日の従業員の配置が前もって決定可能となり、従業員にとってもその日の役割や負担の程度を事前に知ることができる。
■短時間勤務制度の導入
従業員は勤務を週20時間までとした短時間勤務を選択できる。短時間勤務者は早朝の朝食準備や宿泊客が多くなる週末の事務作業を担当しており、業務繁忙時のフルタイム勤務者の負担を抑える効果がある。
■従業員の事情に応じた柔軟な調整
高齢従業員も多いことから通院者もいる。要望に応じて出勤時間を14時からとするなど細かく調整している。また、肉体的負担の軽減を訴える高齢従業員には客室担当から立ち仕事で行なえるパーティー担当へと役割を変更している。
■業務のペーパーレス化
これまでのフロント業務は会計、顧客管理、客室管理等は紙媒体での記録が大半であり、記入ミスがたびたび発生し、確認作業は手間を要していた。そこでフロント業務を一括管理するシステムを導入した。導入前に高齢者の意見を聴き、入力作業をタッチパネル化して高齢従業員が操作しやすいように工夫を凝らし、導入前の研修も充実させた。
■地域の歴史を学ぶ研修を実施
大観荘の近くには菅原道真を祀り、万葉集にも詠まれた由緒ある太宰府天満宮があり、多くの観光客が訪れる。従業員は宿泊客からその歴史を質問されることが多い。大観荘は太宰府天満宮の職員を研修講師として招き、従業員はその歴史を学ぶ。従業員からは宿泊客との会話が弾むようになったと好評である。
健康管理・安全衛生・福利厚生
■産業医による研修の実施
月2回、全従業員を対象に研修を行なっている。産業医を講師にした研修もあり、長く働き続けるために日頃の健康管理が重要であることを啓発している。
■ほぼ100パーセントの有給休暇取得率
大観荘では20年ほど前に長期有給休暇制度を設けた。現在、従業員の有給休暇取得率はほぼ100パーセントである。連続5日間、1週間などの取得者も多い。会社では職場やチーム内で調整して連続休暇を取得するよう奨励している。宿泊客が比較的少ない6月から9月にかけて従業員は長期休暇を取得、リフレッシュして職場に復帰する。従業員からは「家族旅行ができた」と喜ばれている。
今後の課題
大観荘は新型コロナウイルスまん延時、団体客を中心とする宿泊客が大幅に減少、宴会や会席もほとんどなくなり、大きな打撃を被った。温泉を始めとする施設維持には多くの人手が必要であり、コロナ禍の苦境時も雇用を維持、従業員には賃金を満額支給していた。
景気の回復も進み、インバウンド客も見込めるようになった現在、高齢従業員の上質なサービスをいつまでも強みにするために、大観荘は適正な客単価と利益率を維持して経営を安定させ、高齢者がいっそう働きやすい職場環境の実現に向けて積極的に投資を続ける方針である。

出所:70歳雇用推進事例集2025